ちっぽけでからっぽな私の世界は、貴方だけが全てだった。









からっぽのわたしと、









改めて思い返してみれば、あんなにも一方的な重い恋愛。
それでもあのときの私には、必死に精一杯思っていた。

好きで、好きで、大好きで、私が持っている感情全部を貴方に伝えたかった。
そんなの、無理に決まっていたのに。全てが伝わるなんて不可能だったのに。
幼い愚かな自分を思い返す度に呆れの溜息と共に、一筋の涙が頬を伝った。
もう少し、もう少し、自分が大人だったら。上手に恋愛が出来ていたならば。

今でも私は、貴方の傍にいることはできたのでしょうか?

好きすぎて、伝わらなかった想いは零れて一体何処へ行ったのだろうか。
貴方に伝わらなかった、貰ってもらえなくて、行き場を亡くした想いは。

その欠片を拾って掻き集めたら、からっぽな私も少しは満たされる?



「景吾!」
 


その名前を呼ぶたびに、うれしくて、愛しさが溢れた。
ずっと中等部の頃からずっと好きで、玉砕覚悟で半分泣きながら告白して。
付き合ってくれると言ってくれたときは、死んでもいいとも思ってしまった。

あのときどうして告白を受けてくれたのか、真意はわからないまま。
一度だけ聞いてみたら、ただの「気まぐれ」だって言われたけれど。
今なら思う。気まぐれでも景吾は女の子と付き合うと言わないってこと。

モテるけど、いつも忙しい景吾は暇つぶしに付き合っている時間なんかない。
誰かしら隣にいるのは勝手に寄ってきたオンナだと、言ったのは誰だったか。
そんな景吾だから自分で傍に置いてきたのは、いつだって認めた人だけだった。

ねぇ、景吾。あのとき、私が好きだって言った、あの時。
景吾もこんな私のことを、少しでも好きでいてくれたの?
聞けるものならば聞いてみたかった。もう、敵わないことだけど。



「…なんだ、お前か」

「なんだって失礼な。あ、もしかしてきちゃいけなかった?」

「そういうわけじゃないけどな………忍足か?」

「ハズレ。滝くんでした」



そういって笑ってみせると、景吾は綺麗な顔を歪めて溜息をついた。
ちくり、と胸が痛んだ。やっぱり来るべきじゃなかったかな、と後悔する。
それでもどうしても会いたかった。休日は当たり前のように会えないから。

せめて学校で会えるときに会っておかないと、クラスも違うから本当に会えない。
部活を見学に行こうとしても、あまりいい顔しないから堂々と見に行けないし。

景吾と付き合いだしてもうそろそろ半年が経とうとしてるけれど。
学校内でも一緒に歩くことはほとんどないし、一緒に帰ったりもできない。
デートの回数は片手で数えられるほど。わかってたことだから、仕方ないけど。
こんな有名人が彼氏だけど、私が彼女ということはほとんど知られていない。

告白を受けてもらったときに「誰にも言うなよ」って言われたから誰にも言ってない。
だから私たちが付き合ってるのを知ってるのは、きっとテニス部の忍足くんと滝くんだけ。
他の正レギュラーの人すらも知らないんじゃないかな。…私もこんなに平凡な女だしね。



「疲れてる…よね。ごめん、邪魔しちゃって」

「少しな。別にそこまででもねぇよ」



付き合う前の夢見る少女だった私が少しも知らなかった、景吾の日常の大変さ。
後輩や一般の生徒の前じゃ疲れた顔なんてできないから、いつも気を張ってて。
そんな表情を私の前で崩してくれるのは、こっそりうれしかったりするけれど。
同時に何もしてあげられない自分が情けなくて、申し訳なくなるのも本当だった。

私にはテニスの知識もないし、生徒会の役員じゃないからその仕事も手伝えない。
きっと手伝うなんて言ったとしても、景吾はいいと断るに決まっているけれど。
それすらも言えない何もできない自分がとても情けなくて、そして悔しかった。

気を使ってるフリをしてるけど、ううん、本当にそう思ってるけど、なんていうのかな。
ただ、景吾に構って欲しかったんだ。それでも一緒にいたいと思う私は我侭だって。
そんなことわかってはいたけれど、止めることなんてできなかったんだ。



「ね、景吾」

「なんだ?」

「………すき。」

「…お前はいつも唐突だな」



私の好きは抱きしめて欲しい、のサインだった。景吾もそれを知っていた。
そう言えばいつだって抱きしめてくれた。仕方ねぇなって、ほんの少し口元を緩めて。
景吾の腕の中は温かくて優しくて、いつも抱きしめられるたび泣きそうになった。
一度も言ってくれたことはなかったけど、「好きだ」と言ってもらえてる気がして。

あんまり一緒にはいれないけど、不安はなかった。淋しくなるときはあったけれど。
それでも学校に行けば会えたし、今まで通り見つめることはできたから平気だった。
だから抱きしめてもらうだけでよかった。それ以上求めるのは不相応だとわかってた。



「大好きだよ」

「…知ってる」



こんなほんの少しの小さな幸せがあれば、幼い私は生きていけた。
この小屋上での隠れた逢瀬が、私の宝物だった。今でも一番大切な、宝物だった。

他に何も大切なものがなかったから、からっぽな私はすぐに景吾でいっぱいになった。
でも沢山の大切なものがある貴方はそうじゃなかった。私のいる場所はきっと、凄く狭い。
それでもいいと思っていたはずなのに、どうしてそれだけじゃ物足りなくなったんだろう。
もっと想って欲しい。もっと景吾の中の私の位置を広くして欲しいと、願ってしまった。

きっとからっぽの私の心は渇いて渇いて、その小さな幸せだけじゃ満たされなくなったんだ。










もう直ぐ、あと一週間で付き合って一年目。そんな冬の寒い日のことだった。
どうしてそんな気持ちになったのかもう覚えてない。きっと大したことじゃなかった。
だけどそのときは、すごくすごく淋しくて、景吾に抱きしめてもらいたかった。

だから、会いに行った。携帯に何度も電話をかけたけれど、出てくれなくて。
怒られるとわかってたけど、テニス部の正レギュラーコートに向かって走った。
その間にもその淋しい気持ちが溢れて、涙が出そうになって俯いて走った。

前を見てる余裕なんてなくて、ただただ、会いたくて仕方なくて。
どうしても景吾に抱きしめて欲しいと、そう願ってしまった。
きっとそうすればこんな気持ちなんかなくなる。そんな確証だけがあった。



「…っと、どしたんこない急いで」

「忍足くん…景吾は…?」

「ああ、今日吉と試合しとる。なんなら連れてこか」

「うん………」



テニスは跡部景吾という人間を形成する要素の大きな部分を占めている。
でも私は、その景吾をあまり知らなかった。知る機会がなかったのかもしれない。
そして改めて思い知らされた。私の空虚さと、景吾にとっての私の位置を。

真っ直ぐな視線、流れ落ちる汗と、不敵な笑み、それから、それから―

形容する言葉が見つからなかった。陳腐な表現しか浮かんでこない。
こんなに胸を熱くさせる。目を放せなくさせる。そうだけど、そうじゃない。
上手いとか、下手だとか、そんな簡単なものじゃなくて。
伝わってきた熱とか想いとか、今まで感じたことのなかった気持ち。

なきたくなった。

さっきからずっと自分を取り巻いていた淋しさなんかじゃなくて。
ただ、悲しくて、悔しくて、何にもない自分が嫌で仕方なくて。
寄り掛かって甘えて生きてきたのが、思い知らされて恥かしかった。

そして改めて気づいてしまった。
私では、彼の隣にいる資格はないと。許されないと。
今はいいとしても、これからもいることはきっと…できないと。

目の前で繰り広げられていた試合が終わると、私は無言でその場から立ち去った。
忍足くんの声が聞こえたけれど、止まらずにまるで逃げるかのように走った。

もしかしたら、逃げたのかもしれない。
気づかないようにしていたのに、気づいてしまった…現実から。

頬を伝う涙、気づいてしまった心、今でも鮮明に思い出せるあの光景。
どうすればいいのかなんて、わからなかった。でも一つだけわかったこと。
私から、言うならば私から告げるべきだと。私は心の何処かで思った。

本当は私がその言葉を景吾の口から聞きたくないだけかもしれない。









「……………どうしたんだ?忍足が心配してたぞ」

「ごめんなさい…」

「それは忍足に言え。で、話だったか?手短にしろよ」



景吾を呼び出したのはこれで2回目。
私たちの始まりと、別れを告げるとき。

これで最後。だから、景吾………



「景吾、好きだよ。大好きだよ」

「お前………、どうしたんだ…?」

「だからね、別れよう」

「……………。」

「ごめんなさい、勝手で。でも私…景吾の迷惑になりたくないの。
 からっぽの私と、沢山の大事な物がある景吾は釣り合わないって…
 やっぱり、夢だったの。私じゃ、駄目だった。現実を…知っちゃ…っ」

「…泣くな」

「ごめ、なさ…でも、わた、し…っ」



涙が止まらなかった。
こんなにも私は景吾が好きなんだと思い知った。
諦めなきゃいけない存在なのだと、自分で決めたのに。

そんな直ぐに諦められるような、軽い想いじゃなかった。
私なりに一生懸命で、大事な、宝物みたいな恋だった。



「お前がそう決めたなら、俺は構わない」

「ん………っ」

「でも、これだけは忘れるな」



お前は、一時でも俺の女だったってことを。



「ごめんなさい、ごめんなさい…っ」

「もう、謝るな。お前が決めたことだ、責任と自信を持て」

「景吾、ほんとにだ、すきだか、ら…っ」



なら、どうして別れを切り出したりするんだ。
そう言わないのは、私の気持ちをわかっているから?
それとも私を困らせないため?もう、わからないけど。

答えがどれだったとしても、景吾は優しかった。
そんなところが、好きだった。だけど、だけど。

そんな貴方の迷惑になりたくなかった。
迷惑じゃないと返してくれることもほんの少しだけ期待した。
でも、そう言わなかったのはきっとそうだったから。

景吾はそれをわかって付き合っていてくれたんだ。
だけど、私は…その先に未来はないと悟ってしまった。
景吾には輝かしい未来があるのに、私といたらその扉は閉ざされる。

それだけは、嫌だった。
だったら、私が傷つくのなんか、容易いことだった。



「景吾、けーご…っ」



景吾はいつものように抱きしめてくれた。
あのときだけは確かに私と景吾は、彼氏と彼女だった。










私は子供だった。

私が傷つくよりもずっと、景吾を傷つけていたことに気づけなかった。
そして今ならわかる。景吾はずっと私を大事に想っていてくれたということを。

私の子供染みた真っ直ぐすぎる恋愛なんかよりもずっと。
優しくて、温かくて、大きな。そんな気持ちをくれていたのに。

私はこれ以上に知りたくなくて、傷つきたくなくて、逃げたのに。
それを叱らずに、抱きしめてくれた。怒ったり戸惑ったりすらもせずに。
不安定な私のことを、最後まで大事に想っていてくれたのに。


今、何してる?今、何処にいますか?
まだ私が貴方を想ってると言ったら、笑ってくれますか。
会いたいよ。会いたいよ。会いたいよ。今でも好きなの。

今は前よりももっとずっと。貴方のことを―



「あいしてる」

「………誰をだ?」



そして私は、また。涙を流す。
泣き虫なのはちっとも変わらない、それでもそんな私でも。



「景吾を。」



からっぽが満たされる日は来るの。いつの日にか。
涙と愛しさと切なさ、その他の全ての感情が満たされる日が。









−Fin−




跡部で明るいのは書けないんだろうなぁ、と思いつつ。半年がかりの跡部。




/06/06/25/