彼女は、今も私のことをを待っているのだろうか?

全てを終えたら私の帰ってくる場所と称したあの部屋で。
今日もとてもアンティークとは呼べない古びたテディベアを
頑なに抱きしめたまま、ガラス越しにまるで鮮血のような、
そんな夕陽が沈むのをただじっと、眺めているのだろうか。

今にも涙を零してしまいそうな表情をしていながら
『ずっと待ってる』と言い放つのは彼女くらいだろう。
帰ってくるかもわからない、復讐に囚われている人間を
ずっと待ってるなどと。そんなことを言えるのは、きっと。

そう思い返している自分に、苦笑する。
でもそう言って貰えることを望んでいたのかもしれない。

だから、あんならしくもないことをしたのだ。
今迄のように忽然と姿を消すという手段を取らずに
此処を去ることを口頭で告げるなどと、回りくどいこと。

私らしくもない、何かしらの反応を望んでいた。









「…いっちゃうんだねぇ…」

「ああ。最初の予定よりも此処にいるのは長すぎた程だからな」

「そっか…また、この部屋広くなっちゃうな」

「また、私のような者を招き入れれば良い」



背中を向け、言い捨てるような言葉を吐く。
酷いことを言ったのだという自覚はあった。
だが、優しい言葉を掛けて何になる?
私はもう傍には居ることは出来ないのだから。

長い…長い沈黙が部屋を支配する。
決して広くはない、だが一人が過ごすには広い部屋の中を。

泣いたか、と思った。
少し考えてからわざと時間を掛けて振り向く。



「帰ってきてね。絶対帰ってこなきゃ、だめ」

「……………」

「それで、私の名前をもう一度ちゃんと呼んで」

「……………」

「ずっと待ってる。何年経っても、何十年経っても、ずっと」

「……………」

「ずっと…ちゃんと…帰ってくる場所、用意…しとく、から…っ」



涙に掠れたけれど、強い意志を持った言葉。
言い返す言葉が見つからない程の、真っ直ぐな言葉。

出会ってから、ほんの数ヶ月。
人の一生で、本当に極僅かな時間だというのに。

何度私は彼女には、驚かされただろう。
そして、何度…彼女に救われただろうか。

復讐者には無用の長物だと捨ててしまった筈の
人間らしい感情を取り戻すことが出来たのは…
他でもない、彼女…のお陰だと、今では思える。

心臓が強く打ち、触れたくなる。

髪に手を伸ばすと、サラサラと零れた。
俯いて涙を隠していた彼女が、やっと顔を上げた。
私が零れそうな涙を拭くと、小さな声で呟いた。



「………約束…して」

「…約束を破られるのは好きではない」

「わたし…は、絶対に守るよ。だから、」



手を結んで、小指を差し出す。
まだ幼かった頃、子供は歌を口ずさみながらやっていた。
それを私は遠くから見つめていただけで、行ったことは無く。



「指切り…か」



だが、彼女はそれを否定した。
清々しいほどの表情で、告げた言葉は。



「ううん、これは鎖。絶対に千切れない、約束の鎖だよ」



千切れない。
だから、守ってくれなくちゃ、イヤだよ。
ちゃんといいこに、ずっと貴方を待ってるから。

指…否、鎖を繋いで必死に願っていた言葉。
私は守るとも、守らないとも、何も言えなかった。
勿論、聞こえていなかった訳ではなかった。
だからこそ、今もあの言葉を忘れられないのだ。









「…は、狡いな」



ふと、笑みが零れる。
手を開いて、小指を見つめる。

あんな風に言われたら、守らないままで居れる訳が無い。
復讐を終えれば、共に果てても良いと思っていたこともあった。
だが、今はそんな風にはとても思えなくなった。

今はただ、持て余しているだけの約束。
でも、必ず守ると決めた、彼女との約束。

帰る場所が、私には在るのだから。
私は独りきりで待っている部屋の扉を開き
そして、約束通り名前を呼ぼう。



「…



待っていてくれる、いとおしい、君の名前を。
きっとは、『おかえりなさい』と笑ってくれるのだろう。









持 て 余 し そ う な 約 束









/07/06/04/(for Ray of Light)




image by Sky Ruins/title by afaik