ポタポタ、ポタ。

静かな部屋に響くのは窓の外に降り注ぐ大きな雨粒の音。
辺りはすっかり暗くなり、色とりどりの傘だけが鮮やかだった。




あめのしずく




?」

「ん、雨止まないなって思って」

「ほんとだよなー」



しっかり拭かずに、そのまま出てきたのだろう。
お風呂上りで真っ直ぐになった髪の毛からは、水が滴っている。

隣に腰掛けると、首から下げていたタオルで再度拭き始めた。
時折私の肩や首にその水が飛んで、少しだけ冷たいと思った。



「英二」

「んー?」

「服。風邪ひくよ」

「あ、うん」



生返事をされて、散らかっているタンクトップには手を伸ばさずに
ほとんど水気がなくなったはずの髪が気になるのか、タオルで拭いていた。

そっちはいいから、早く服を着て欲しいんだけどな。
ズボンは穿いてるけど、上半身は何も着ていないまま。
風邪云々もあるけど、私にとってはそれ以前の問題で。

だけどここで顔を赤くさせたりしたら、負けた気がするから。
見ないようにして、平気な表情を作って、言ってるのに。



「なぁ、

「な、なに?」

「雨止みそうにないからさ、泊まってってもいい?」



確かに雨は強くなるばかりで止みそうにない。
濡れたからって、風邪ひかれたら困るからってお風呂貸したけど。
………もしかして、これは。初めから全部計算づくってこと?

いつものように、意地悪そうにニヤニヤと笑うわけでもなく。
じっ、と私の横顔を覗き込むのは困ったような色を含んだ大きな瞳。

やりづらい。そんな顔されたら、断れないじゃない。



「ダメ?」

「明日、学校あるのに」

「ん、こっから行くから平気」

「で、でも」

「なぁ、ダメ?」



どっちにしろ、私がこのひとの頼みを断れるわけがなくて。
小さい溜息をついて承諾すると、お礼の言葉と共に、抱きつかれた。

……………え、ちょっと待って。



「え、えい、えいじ!」

「え、なに?」

「は、放してっ!」

「えー、ヤダ」

「やだじゃないっ」



ただ抱きしめられるのなら、慣れてるからこんなに慌てたりしない。
必死に抗議をしてるのに、それをちっとも聞かず、逆に楽しそうな声。
剥き出しの肩が触れ、パジャマ越しからは温かな体温が伝わってくる。

だって、今、英二は。



「放さなきゃ、泊めないから…っ」

「え、いや、それ困るし!」

「だ、ったら放して…っ…!」



ほんの少しの時間だったけれど、やっと解放されて。
私はふらふらと床に座り込んで、そっと息をついた。

英二がぼそっとそんなの今更じゃん、とか何とか言ってきたので
直ぐ傍に在った、黒のタンクトップを思いっきり投げつけた。

きっと、まだ顔は赤いまま。心臓の鼓動は普段よりも早くなってる。







名前を呼ばれたので、だるそうに顔を上げると。
着替えている途中の姿が目に入ってきて、ぱっと視線を逸らした。



「…どした?」

「っ…なんでもない」

「つーかそんなに意識されると逆に着替えづらいんだけどなー」

「し、してないっ」

「うお、うそうそ冗談だって!」



床の上に転がっていたクッションを思いっきり投げつける。
ひとつめは避けて、ふたつめは悔しいくらい見事にキャッチ。

投げるものがなくなって、ばか、と小さく呟くと
いつものように、うれしそうに笑った英二の顔が近づいてきたので
ヤケになって、躊躇もせずにその唇に触れるだけのキスをした。

それが英二をもっと笑顔にさせるだけっていうのはわかっていたけれど。



「なに、したくなった?」

「そんなこと言っ…」



皆まで言わせて貰えずに、私の唇は英二のものに塞がれた。
さっきの触れるだけのものとは違って、深くて長いキスだった。
お互いの唇を繋ぐ、銀色の糸をぺロリと舐め取って。

満足そうな表情をして、英二は私にこう言った。



「わかるよ。だって俺、誘惑したもん。のこと」



そう言われたら、もう何も言い返せない。
赤く染まった顔で私は、英二に向かって小さく頷いた。

これから、何をするかなんて。
そんなこと、とても私の口から言えない。




雨の雫がポタリ、と落ちる音が遠くに聞こえた。









050607/あめのしずく