行かないでください。
泣きながら言ったのに、伸ばした手が届くことはなかった。
追いかけられなかった。きっと、私は、追いつけない。









first love









電話一つであのひとは先輩を呼び出せるのに。
付き合っているはずの私は、先輩をこんな風に動かせない。

そう思って、気づいた。ううん、ほんとは気づいてた。
この恋を自覚したとき、最初に決めたのは望まないこと。
片思いでいい、欲張らない、後輩のままでいい、そう決めた。

なのに、どうして?
私は望まずには、願わずには、いられなかったんだろう?

涙が出た。
何が悲しいのか、なんてそんなのわからなかった。









先輩は私の姉さんの友達…というか、クラスメイトで。
仲良しのお友達の幼馴染とかで、よく名前が出てた。
明るくて、格好良くて、可愛くって、いつも先輩の話をしてって
生まれて初めて姉さんに我侭を言って、困らせた。姉さんは笑ってた。

先輩には付き合っている女性がいた。
それを知っていたし、二人の関係には憧れていた。
先輩の彼女は姉さんの親友で、家にもよく遊びにきた。
あのひとは、とても美人で頭も良くて、でも優しくて
こんな風になりたいなと人知れず思ったものだった。

そのときはまだ憧れで、幼い頃から入退院を繰り返していた
初恋もまだだった私は、ただ姉さんとあのひとから話題に上る
先輩の話を聞くことが唯一の楽しみで、だから元気になれた。




先輩と初めて会ったのは、新緑の季節。
たまたまコートで先輩を見つけて、目が離せなくなった。
そういえば、姉さんもテニス部だったって言ってたっけ。
あれだけ憧れていたのに、同じ学校に入学したというのに
私は自分から先輩を探さなかったし、会おうとしなかった。

どうしてそんなことをしたのか、そのときまでわからなかった。
気づいてしまった。先輩にはあのひとがいるって知ってるのに。
だけど、私は先輩をすきになってしまった。
止められなかった、どうしようもなかった。

初恋は実らない。象徴のような…恋だった。




季節は葉を赤や黄に染め、色づいた葉は地に落ちる。

そんな頃、姉さんが泣きそうな表情をして、呟いた。
私に言うつもりではなく、独り言だったのだろう。

「二人が別れた」

耳を疑った。そんなこと絶対にないと思ってたのに。
だけどそれは揺るぎない事実で、その後一度家に訪れたあのひとは
私が聞いても、悲しそうな顔をして微笑み、何も教えてくれなかった。









季節が巡って、桜が咲く頃に私は先輩に告白をした。
断られるのはわかりきっていたけれど、言いたかった。
返事を電話越しに聞いたときは信じられなくて。

きっとあれは気まぐれの魔法だったんですね。

それでも私は幸せでしたよ、先輩。
キスをして、抱きしめられて、でも私を見てなかった。
私を通して、その向こうにいるあのひとのことを見ていた。

いとおしいひとを見つめる、優しい表情。
一番好きな顔。だけど、それは私のものじゃない。
あのひとじゃない、私だということを思い出して、はっとする。




だから心のどこかでこんな日が来るってこと、わかってた。
だから追いかけられなかった。やっぱり先輩の一番はあのひとなんだ。

どのお話でも初めから魔法はとけるって決まってる。
私は先輩のお姫様じゃなかっただけ。そういうことなんですね。









「……………ごめんな」

「謝らなくていいです、最初からわかってました」

「え?」

「…だって、あのひとのこと好きなんでしょう?」

「………ほんとお前には嘘をつけないなぁ」



困ったように、先輩が笑った。
当然ですよ、って無理矢理笑顔を作った。
泣くわけにはいかなかった、笑わなくちゃいけなかった。

先輩を困らせたくなかったから。
最後まで綺麗なままで、終わりたかったから。



「じゃあ、俺、行くね」

「はい…」

「でもさ」

「先輩?」

「お前のことは、これからもずっと大事だよ」



一番辛い時期に一緒に居てくれたのはあいつじゃないから。
恋人にはなれないけど、それでも、ずっと大事な存在だよ。
妹みたいにしか思えないけど、ずっと大事に思ってるから。

誰よりもお前の幸せを祈ってるから。

そんなこと言われて、笑っていられるわけがなかった。
振り向かれなくてよかった。先輩の中で私は最後まで笑顔だ。



「せんぱい、ねぇ、先輩。行かないで、ください…せんぱい…」



強がりを言った。
本当はずっと一緒に居たかった。
傍に居たかった。抱きしめて欲しかった。
私のことをずっと一番に見て欲しかった。

片思いじゃなくて、本当は私は…



「英二先輩と恋愛…したかったなぁ………」



あのひとと、英二先輩みたいに。
一緒に幸せになりたかったなぁ………









07/06/16/