「ねー観月さん」 「……………」 「観月さんったら、構ってくださいよぉー」 「……………」 夏休みも中盤に差し掛かった暑い日の午後。 クーラーの効いた自室で観月は机に向かっていた。 そして、真面目にシャープペンシルを動かしてる彼の背中を見ながら 少しも隠そうともせずつまらなさそうな表情をしている少女が一人。 観月より一つか、二つ、年下だろうか。 だが、それよりももっと彼女は幼く見えた。 「みーづーきーさーん」 「………貴女は…」 むすっと、子供っぽく頬を膨らませたりしているからそう見えるのだろうか。 床に置いてあったクッションを抱きしめながら、何度も自分の名前を呼ぶ彼女に 観月は大きな溜息をついて、机にシャープペンシルを置くと、彼女を振り返った。 「だから、僕は忙しいと言ったでしょう」 「そうですけど…少しくらい構ってくれたっていいじゃないですか」 「僕は貴女と違って受験生なんです。裕太くんでも誘えばいいでしょう」 やっと返事がかえってきたと思えば、観月のそっけない態度。 彼女はクッションに思い切り不機嫌な顔を近づけて、視線を落とした。 さっきよりも小さな声で、少し距離がある観月に届く程度の声で、呟いた。 挙げるのは、彼のいう部活のチームメイトたちのこと。 「裕太はスクールに行っちゃいました。今日は自宅にそのままだそうです」 「…木更津くんは」 「木更津さんは柳沢先輩の補習に付き合ってます。赤澤先輩は海に行くって」 「……………他は」 「ノムタク先輩は確か英語の先生のとこで、金田くんは彼女とデートです」 次々と挙げられる不在の事実に観月は顔を顰める。 特に最後の一人は何だ。そもそも彼女が居たということすら知らなかった。 という全然関係ない気持ちが芽生えたら、そんなことは気にしたら負けだ。 もしかしなくとも、自分は彼女のお守りを体よく押し付けられたということか。 裕太に限っては悪気はないだろうが、残りの面々は確実にそうだろう。 「あ、あのー観月さん、怒ってます?」 「怒っているというより呆れている、ですかね」 溜息をひとつつくと、彼女は何も言わなくなってしまった。 きっと自分が呆れられたのだと思ったのだろう。実際は違うのだが。 どうせ勉強とか言ってるいるのも遊びに行く為の口実に違いない。 かといって受験生が海に行くと宣言するのも如何なものかと思うが。 野村は…まぁ、いい。別に奴は正直居ても居なくても彼女の相手は出来まい。 彼女との付き合いはかれこれ、もう5年になる。 中等部のときにひょんな出来事で懐かれて、そのままだ。 どちらかと言えば、赤澤辺りに懐きそうなものなのに。 テニス部のチームメイトと知り合いになった後も 決して素直とは言えない自分から、離れることはなかった。 今日のように時には疎ましく思ったりもするが、なんだかんだいって悪い気はしない。 どんな人間だとしても、純粋な好意を向けられて嫌な気分になる訳がないのだ。 結局そのままずるずる面倒を見て、甘やかしてきてしまったのだ。 彼女の一途な想いに自分が応えることはないと、わかっていても。 「…なんて顔してるんですか」 「だって、観月さんが………っ」 目に映ってきたのは、今にも泣きそうなその表情、掠れた声。 そんな表情を見せられたら、これ以上何も言えなくなってしまうのに。 自分は彼女に弱いのだと、思い知らされる瞬間。 「誰も貴女に呆れたなんて、言ってないでしょう。 …いえ、現在は進行形で貴女には呆れさせてもらっていますけどね?」 「うう…っ」 冗談ですよ、というと彼女は少しほっとした表情で顔を上げた。 ああまた。彼女の悲んだ顔が見たくなくて、甘やかしてしまう。 自分の悪い癖だ。いっそ、酷い言葉で諦めさせてしまえばいいのに。 どうしても、笑顔を望んでしまうのだ。 そんな風な曖昧な態度は自分らしくないと言うのに。 「…わかりました。少しだけですよ?」 「ほんとですか?」 「紅茶を淹れてあげますから、それを飲んだら大人しくしてるんですよ?」 「はーい!」 「全く、貴女は単純ですね」 花が綻ぶような、そんな周りが明るくなるような笑顔。 思わず釣られて微笑んでしまう自分に、心の中で笑った。 「観月さん、大好きですよ?」 「ハイハイ、わかってますよ」 「もーちゃんと聞いてくださいよー!」 背中越しに飛んできた告白に、また笑う。 ハイハイ、と受け流して決して真剣に捕らえたりしない。 誰よりも自分が、彼女のことを傷つけたりしたくないから。 いつか彼女が自分ではなく他の誰かを好きになったら それを自分に報告をしに来てくれる日が来てくれればいい。 少し淋しいけれど、その時よかったですね、と言いたい。 だから、あと少しだけ。 この部屋で二人で温かい紅茶でも飲んで、笑っていたい。 今だけはこのままで、彼女の一番大切なひとでいたい。 050725→070907 |