少女は歩いていた。深い、深い、夜の底を。 そしてふと、足を止める。彼女は笑みを浮かべた。 其処には暗闇を纏った少年と儚い少女が寄り添い、佇んでいた。 ― 母娘の魔女の物語 ― 「こんにちは」 「………何だ、お前は」 「ふふ、ハジメマシテかな?」 立ち入る方が珍しい場所、久々の人間。 黒衣の少年は少女に一瞥をくれると、興味の無さそうな言葉を発した。 気にもせず、それどころか彼女はさもうれしそうに笑みを強くする。 少年の後ろにいた臙脂色の服を着た少女と、彼女の目が合った。 その瞬間彼女は驚きと同時に感じた怯えを隠すことが出来なかった。 気づいてしまったからだ。目の前の少女が、同じだということに。 「…あやめ、どうした?」 「うーん、やっぱり私達のことキライなのかな?神隠しさんは」 それが当然であるかのように、彼女は目の前の少女を"神隠し"と呼んだ。 あやめと呼ばれる少女をそう呼ぶの人物を、少年は二通りしか知らない。 一方は、黒のスーツに身を包んだ"機関"と呼んだ"あれ"を排除する男達。 そしてもう一方は……… 「残念。私は貴女と仲良しになりたいんだけどなぁ…」 また、彼女は笑った。 無邪気と言うには可愛すぎる、人間には異質過ぎる邪気の存在し無い笑みを。 少年はその笑顔を知っていた。目の前の少女は自らを"魔女"と呼んだ少女だった。 姿形は全く違う。ましてや、同じところを見つける方が難しいだろう。 だが、確かに目の前の少女は"魔女"、十叶詠子そのものだった。 山の神を下ろそうとし、それを少年達に阻止され、死んでいった…魔女。 少年と少女が今、深い夜の底にいるのは、魔女を止めたその代償だった。 「お前は…"魔女"か?」 「ううん、ちょっと違うなぁ…でもイイ線言ってると思うよ?」 「では、もう一度聞こう。お前は"何"だ」 「ふふ、貴方って本当にスゴイ人なんだねぇ…」 質問には答えず、彼女はただ感心した表情をした後、また笑顔に戻した。 少年は彼女に答えを求めず、徐々に過去に成っていた記憶を手繰り寄せた。 意識しているのか、元からなのか、彼女の口調は"魔女"と同じものだった。 そう思ったが、まだ目の前の彼女からは"魔女"と違う存在だとも思った。 笑顔や振る舞い方は同じだが、まだ力が覚醒しているように感じないのだ。 少し考えた後に、表情が変わらないままの彼女に自分の考えた結果を告げた。 「……………お前はまだ人間か…」 「そういうことになるのかな」 あっさりと彼女は肯定し、血もちゃんと引いてるよと心底嬉しそうに言った。 それが"魔女"の血なのか、"十叶詠子"の血なのか一体どちらかわからなかったが 敢えて疑問を増やそうとしなかった。そんなことは大した問題ではないのだ。 淡々と少年は目の前の少女に事実を告げる。 「魔女は死んだ」 「…わざと言ってるの?それとも本気?だとしたらちょっとガッカリだなぁ………」 「何が言いたい」 「魔女が最期に残したあの物語のことを、忘れたの?」 あの物語を忘れていたわけではなかったが、その存在を知っているのは 少年と、少年の友人と、変わらず背後で怯えている少女だけのはずだった。 だが、それを知っているのが当然であるように、彼女は口にする。 しかし、驚くのはその後の言葉だった。 「それにね、魔女は"ママ"だけじゃないんだよ?」 彼女は"十叶詠子"を母と呼んだ。 一瞬そう呼ぶとき、いとおしそうに目を細めたのを見逃さなかった。 少年は無表情の中に、ほんの少し眉を潜め、彼女に名前をつけた。 いつか、"魔女の弟子"にそうした時のように。 「お前は"魔女の娘"と言ったところか………」 「素敵な名前を有難う、気に入ったよ」 魔女の娘はまるで、その名前が新しいドレスであるかのように 喜んでくるくると踊りだした。やはり、あの笑みは浮かんだままだ。 娘、というだけあって、少し"魔女"よりも幼いような気がする。 「目的は何だ。俺に何をさせたい?」 「うーん、何だろうなぁ…きっと知ったら楽しくなくなっちゃうよ?」 「楽しいなどという感情は俺には皆無だ。問題ない」 「…いいよ、教えてあげる。何も知らないで始まったら、それこそ楽しくないもんね」 くすくす、と笑い交じりに彼女は語りだした。 「残った"ママ"の弟子と他の魔女は"ママ"の残したあの物語を紐解こうとしているの。 本当は直ぐにしたかったみたいだけど、"ママ"の物語が浸透するのを待ってたみたい。 それでね、私を本物の魔女にさせてくれるんだって。"ママ"が、私を"魔女"にするの」 「………確かに最悪だな」 彼女とは対照的に、少年の表情は不機嫌そのものだ。 でもそんなことを彼女は気にしていなかった。どうでもいいのかもしれない。 「ね、ステキなことでしょう?」 少年は背後の少女を一瞥すると名前を呼んだ。 あやめ、と名の告げられた少女ははっと顔を上げた。 「ここでお前が神隠しに遭えば、"魔女の娘"の覚醒は防げる。違うか?」 「違わないかもしれないけど…それでいいの?」 「何がだ」 「弟子の一人がね、言ってたよ。魔王様や神隠しさんが私を消すのはカンタン。 だけど、私を消したら"ママ"の物語を受け取る人がいなくなっちゃうんだ。 だから、きっと"ママ"は暴走しちゃうって。それでも?」 一歩、二歩、と彼女は少年に近づき、顔を覗き込もうとしたが、少年は顔を背けた。 ほんの一瞬、彼女は不服そうな表情をしたが、気にせずに、また表情を戻し話を続けた。 「それにね、呼ばれたのは魔王様と神隠しさんだけじゃないの。 ガラスのケモノさん、シェーファーフントくん、優しい鏡の子も追憶者くんも 魔女を知っている皆が"最期の魔女の物語"の目撃者になるんだよ…"ママ"も喜ぶよ」 「全て俺の考えを読んで、お前を俺達の前にわざわざ連れて行ったと言う訳か… だが、その暴走を知って敢えてお前を神隠しに遭わせたとしたら、どうなる?」 「どうなるのかなぁ…まだ、私にも"ママ"にも、わからないよ」 その時になってみないと、そんなことは誰にもわからないよ。 そう彼女は続けて、貴方にはわかるの?と少年に視線を向けたが少年は黙殺した。 少年でさえもそれをわかるわけがなかったからだ。それはお得意の推論を超えている。 「俺とあやめだけでは、その物語の目撃者とやらには事足りないか」 「うん。"ママ"が気に入った皆に、私の覚醒を見てもらいたいから」 「………行くしかないというわけか」 望んでいた答えに彼女は今までで一番人間に近いような表情を浮かべた。 が、それもほんの一瞬で直ぐにさっきまでと同じようなあの笑顔に戻った。 大きな瞳には自分の姿さえも映っているのかわからない、と少年は思った。 「ねぇ、魔王様」 「何だ」 「嬉しくないの?皆に会えるのに」 "魔女の娘"の呼び方は"魔女"の物とは違う。 そう自分のことを呼ぶのは、少年の友人の少女と友人だった少年だけだった。 今は普通の世界で人間として暮らしているだろう、二人のことを思い浮かべる。 懐かしいとは思うが、少年は会いたいとも思ってはいなかった。 二人が…以前友人だった少年と少女が自分に会うには此処に来るしかないからだ。 だから敢えて会えると言われても実感が沸かず、そして嬉しいとも思えなかった。 無言という答えを返され、彼女はまた不服そうな表情をする。 "魔女の娘"はまだ人間であるが故か、"魔女"よりも"まとも"な感情はあるようだ。 「カワイソウだね」 「どうしてだ」 「魔王様に会いたがってたあの子が、"魔女の娘"を呼んだのに」 「……………」 誰が自分に会いたがっているのか、わかるようでわからなかった。 誰とも納得して別れたと思っていたからだ。会えないのはわかっている筈だった。 それでも敢えて会いたいと考える者がいるのだと、少年は考えられなかったのだ。 「その子はね、会いたいって貴方に言う気もなければ、そう思ってるって知られたくないし その気持ちを閉じ込めてしまってるから、私と呼んだことに気づいてないんだぁ………」 本当に、カワイイよね。貴方達は皆カワイくて、面白い魂のカタチをしてるよ。 そして"魔女の娘"は取り出した一枚の紙を、少年に手渡した。 その行為は魔女らしくないものだとも思ったが、それを見て考えを改めた。 そこには見覚えのあるいくつもの魔方陣が映っていたからだ。 意味があるかのようで、全く意味はなく、記号の羅列が記してあった。 じっと見つめていれば気持ちが悪くなりそうな、ただの、支離滅裂な。 「始まるのは下弦の月の夜、場所は"魔女"が好んでいた池のほとり。 時間は…日没の頃、ね。会えるのを楽しみにしてるよ。魔王様と神隠しさん?」 「……………」 「その子も、貴方を待ってるよ―」 少年は何も答えず、"魔女の娘"は最後の言葉を呟き、消えた。 "最期の魔女の物語"の始まりを、魔王と神隠しの元に告げて。 魔王の手元に残ったのは、結局…一枚の紙切れだけだった。 /05/12/01/ image by evergreen |